
曲のサビで声をグッと強く張り上げた瞬間、音程まで一緒にシャープしてしまったり、逆に高音で地声から裏声へ抜いた途端にフッと音がぶら下がってしまったり……。
歌っていて「頭の中では正しい音の高さが鳴っているはずなのに、声の出し方を変えるとピッチまで動いてしまう」と悩んだことはないでしょうか。
ボイストレーニングの解説などを見ていると、「地声の筋肉を使いすぎると音程が乱れる」「裏声の筋肉を鍛えればピッチが安定する」といった話を耳にすることがあります。そう聞くと、「自分の音程が不安定なのは、地声に頼りすぎているせいなのかな?」と思ってしまいますよね。
結論から言うと、音程が不安定になる原因は「地声を使っていること」そのものではありません。声に厚みや力強さを与える筋肉(TA:甲状披裂筋)には、声色を変えるだけでなく、音域などの条件によって音の高さを「上げる側」にも「下げる側」にも動かしてしまうという少し厄介な性質があります。そのため、声の強さや声質(地声感・裏声感)を変えたときに、声帯を引き伸ばして音程を支える筋肉(CT:輪状甲状筋)や息とのバランス調整(協調)が追いつかないと、音程まで一緒に引っ張られてズレてしまうのです。
この記事では、3D 解剖図とコンピューターによる声帯シミュレーションを手がかりに、次の 3 つのステップで「声区と音程コントロール」の仕組みを掘り下げていきます。
- まずは自分の声で、「声質や強さを変えたときに音程がどう引っ張られるか」を体感する
- 声帯の筋肉(CT と TA)の働きから、同じ筋肉なのに音域によって音程が逆方向へ動くカラクリを知る
- 地声を無理に封印するのではなく、「声色を変えても同じ音程をキープする」ための練習のコツをつかむ
まず試してみよう:同じ音のまま「声質」と「強さ」を変えてみる
詳しい仕組みに入る前に、まずはご自身の声で簡単な実験をしてみましょう。今声を出せる環境にある方は、ぜひ一緒に試してみてください。
実験 1:同じ音の高さで「地声 ↔ 裏声」を切り替える
まず、地声でも裏声でも無理なく出せる「少し高めの中音域」の音を 1 つ選びます(男性ならド4〜ミ4 の少し手前、女性ならソ4〜シ4 の少し手前など、自分がラクに行き来できる高さならどこでもOKです)。
その音の高さを思い浮かべたまま、一息で「アー」(やりにくければ「ウー」)と伸ばし、途中で音程を変えずに「地声 → 裏声 → 地声」とゆっくり切り替えてみてください。
- 地声から裏声へ抜いた瞬間に、フッと音程まで一緒に下がってしまう
- 切り替わる境目で、声がクルッとひっくり返って音程がピョンと跳ぶ
- 裏声から地声へ戻した瞬間に、下からしゃくり上げるようにピッチが揺れる
実験 2:同じ音の高さで「声の強さ」だけを変える
今度は声区を切り替えず、同じ音のまま「やさしい小さな声」から「ハリのある強い地声」へと少しずつ音量を膨らませたり、逆にスッと力を抜いたりしてみましょう。声を強くした瞬間にピッチまでグイッと上ずったり、力を抜いた途端に音が垂れ下がったりしないでしょうか。
喉に痛みや引っかかりを感じるときは無理に張り上げず、ラクに出せる高さと音量で試してください。
いかがでしょうか。「ただ同じ声でまっすぐ伸ばすだけ」なら問題なく音程を保てる人でも、こんなふうに声質や音量を動かした途端にピッチまでつられて動いてしまうことは珍しくありません。なぜこんな現象が起きるのか、喉の中で働いている 2 つの筋肉から覗いてみましょう。
音程と声色を動かす 2 つの筋肉「CT」と「TA」
私たちの声の高さは、喉仏の奥にある「声帯」が 1 秒間に何回振動するか(基本周波数:F0)で決まります。ギターの弦と同じで、声帯がピンと張って速く振動するほど高い声になり、ゆるんでゆっくり振動するほど低い声になります。
この声帯の長さや張り、そして厚みをコントロールしている代表的な筋肉が、CT(輪状甲状筋)とTA(甲状披裂筋)の 2 つです。
1. 声帯を引き伸ばして音を高くする「CT(輪状甲状筋)」
CT(りんじょうこうじょうきん)は、喉仏の軟骨(甲状軟骨)と、そのすぐ下にあるリング状の軟骨(輪状軟骨)の前側をつないでいる筋肉です。CT が縮むと喉頭がどう動くのか、横から見た 3D モデルで見比べてみましょう。

収縮前(`Before CT movement`)から収縮後(`After CT movement`)へ移ると、水色の甲状軟骨が前へおじぎをするように傾き、その内側に張られた黄色い声帯(`Vocal fold`)が前後にグッと引き伸ばされているのがわかります。ゴムや弦を引っ張ると張り(張力)が増して音が高くなるのと同じように、CT が声帯を薄く引き伸ばすことが、私たちが音程を上げていく一番の基本エンジンになります。
2. 声帯の内側で厚みとハリを作る「TA(甲状披裂筋)」
もうひとつの主役である TA(こうじょうひれつきん/声帯筋)は、喉頭を上から覗き込むと位置がよくわかります。

黄色い声帯のすぐ内側に寄り添うように、赤い筋肉(`TA`)が前後に走っていますよね。実は声帯は均一な 1 枚のひだではなく、内側の筋肉の芯(ボディ=TA)のまわりを、やわらかくよく揺れる粘膜の層(カバー)が覆っている二層構造になっています。これを音声科学では ボディ・カバー(body-cover)構造と呼びます。
TA に力が入ってギュッと縮むと、声帯は短く・分厚く張り出し、左右の声帯がしっかり閉じ合わさるようになります。そのおかげで表面のカバーが大きく豊かに波打ち、倍音をたっぷり含んだ「地声らしい力強い声色」が生まれるのです。
※喉頭の軟骨や筋肉の詳しい構造については、こちらの記事もあわせてご覧ください。
声帯の生理学なぜ「地声の力」で音程を取ると崩れやすいのか?——TA が持つ二面性
さて、ここからが本題です。「CT が声帯を引き伸ばして音を高くするなら、声帯を縮める TA に力を入れたときは、音程が下がるってこと?」と思いますよね。
ところが声帯の面白い(そして歌ううえではちょっと厄介な)ところは、TA に力を入れたとき、条件によって音程が「上がる」こともあれば「下がる」こともあるという点です。なぜ同じ筋肉の収縮から正反対の結果が生まれるのか、先ほどのボディ・カバー構造で整理してみましょう。
上の図のように、TA にグッと力が入ると、声帯の中では音程を上げる働きと下げる働きの「綱引き」が同時に起こります(Titze ら 1989)。
- 音程を「上げる」働き(左:ボディが硬くなる):筋肉である TA そのものが収縮して硬くなります。声帯の奥にある筋肉層(ボディ)まで深く一緒に振動している状態では、全体の硬さが増すため、振動が速くなって音程を押し上げる方向に働きます。
- 音程を「下げる」働き(右:カバーの張りがゆるむ):同時に TA が縮むことで声帯の前後が短くなり、外側を包んでいる粘膜(カバー)の引っ張りがゆるみます。引き伸ばされた表面のカバーを中心に振動している状態では、この「ゆるみ」が強く効いて、音程を引き下げる方向に働きます。
シミュレーションで見る「音域による TA の逆転現象」
この綱引きによって実際の音の高さがどう変わるのか、声帯のボディとカバーを再現したコンピューターモデル(三質量モデル)で計算してみた結果が次のグラフです。声帯を引き伸ばす CT の入力を「弱め(`0.2`:低音寄り)」「中くらい(`0.5`)」「強め(`0.7`:高音寄り)」の 3 段階に固定し、それぞれで横軸の TA(声帯の筋肉を働かせる入力)を 0 から 1 まで増やしていきました。
一番下の緑の線(`CT = 0.2`:あまり声帯を引き伸ばしていない低めの音域)を見てください。左端から TA を `0.1 → 0.3` へと少し強めると、音の高さ(F0)は約 139 Hz から 150 Hz へと上がっています。声帯の奥まで深く振動しているため、TA 自体が硬くなる効果が勝っている状態です(ただし、そのまま `0.5`、`0.8` と力ませすぎると、今度は声帯が縮む効果が勝って音程が下がり始めます)。
ところが、一番上のピンクの線(`CT = 0.7`:CT でしっかり声帯を引き伸ばした高めの中高音域)では景色が一変します。さっきとまったく同じように TA を `0.1 → 0.3` へ増やしただけなのに、音の高さは約 267 Hz(ド♯4 付近)から 233 Hz(ラ♯3 付近)へと、全音(半音 2 つ分)以上もガクッと下がってしまうのです。せっかく CT がピンと張っていた表面のカバーを、TA の収縮がゆるめてしまうからですね。
これは計算モデルの中だけの話ではありません。人の喉頭の筋肉に細い電極を入れて調べた初期の研究(Titze ら 1989)や動物喉頭の実験(Chhetri ら 2014)、先行のシミュレーション研究(Lowell & Story 2006)でも、低い音域や地声寄りの条件では TA が音程を上げやすく、高い音域やファルセット寄りの条件では逆に音程を下げやすいことが報告されています。
高音で「力を込めるほど音が届かない・暴れる」理由
この仕組みを知ると、歌っているときに中高音で音程が乱れるリアルな理由がハッキリ見えてきます。
普段の話し声や低い音域では、喉や地声にグッと力を込める(TA を強める)と、ほんの少し音が高くなります。そのため私たちは無意識のうちに、「音を高くするとき=地声の力を強める」という感覚を覚えやすいのです。
しかし、そのやり方のまま中高音域(CT がしっかり働いてほしいゾーン)へ突入するとどうなるでしょうか。良かれと思って地声の力(TA)をグッと込めた瞬間、かえって表面のカバーがゆるんで狙った音に届かなくなり(フラットし)ます。すると歌い手は「あれ、音が上がらない!」と焦って、今度は肺から強い息の圧力をドカンと吹き込んで無理やりピッチを押し上げようとします。高音になるほど喉が苦しくなり、音がぶら下がったり、逆に勢い余ってシャープしたりと音程が暴れてしまう背景には、まさにこの「TA の逆転現象」が隠れているのです。
同じ音程をキープするには「CT と TA の連携プレー」がいる
ここまで読むと、「なるほど、TA が音程を引っかき回すなら、地声の筋肉なんて使わずに CT だけで歌えば音程が良くなるのでは?」と思うかもしれません。しかし、実際の歌声はそう単純には割り切れません。
「地声=TA だけ、裏声=CT だけ」という誤解
ボイトレの入門ではイメージをつかみやすくするために「地声=TA、裏声=CT」と対比されることがよくありますが、実際の歌手の喉頭筋を筋電図で調べた研究(Kochis-Jennings ら 2012, 2014)を見ると、どちらの声区でも両方の筋肉が協力して働いていることがわかります。
- 地声やミックスボイスでも CT は大活躍している:ある程度の高さ(研究では約 300 Hz=レ4 付近より上など)になると、力強い地声系の発声であっても CT がしっかり活動して音の高さを支えています。
- 声色のグラデーションを TA や声門閉鎖が作っている:同じ音の高さで「ヘッド → ヘッドミックス → チェストミックス → チェスト」と声の厚みを増やしていくと、それに応じて段階的に TA の活動や声帯を閉じる力が強まっていきます。
- 裏声でも耳からの微調整に TA が参加している:ファルセットを出している最中にヘッドホンの自分の声のピッチをわざとズラす実験(Liu ら 2011)では、耳でズレを察知してとっさに音程を直す反応に、CT だけでなく TA も一緒に関わっていました。
さらに動物の喉頭で筋肉の組み合わせを細かく調べた実験では、声帯を閉じる筋肉の働きが極端に弱い条件だと、CT を増やしても一時的に音程が下がるケースさえあることが報告されています(Chhetri ら 2014)。つまり「CT さえ使えばどんなときも自動で音程が合う」というわけではなく、声帯の閉じ方や息の圧力、そして耳で自分の声を聞いて瞬時に修正するフィードバックが噛み合ってはじめて、安定したピッチが生まれるのです。
声区について声色を変えながら同じ音程を保つ「等高線」
では、曲の中で「音程はピタッと保ったまま、声に厚みをつけたり、逆に裏声っぽく軽く抜いたりしたい」というとき、CT と TA はどう連携すればいいのでしょうか。シミュレーションで TA(横軸)と CT(縦軸)をいろいろ変えたときに、「同じ音の高さになる組み合わせ」を地図の等高線のように結んだのが次のグラフです。
真ん中の茶色の線(`180 Hz`:男性のファ3〜ソ3 あたり)に注目してみてください。左側の「TA が小さい(薄く軽い振動)」状態から、右側の「TA が大きい(声帯がしっかり触れ合う厚みのある振動)」状態まで、同じ `180 Hz` を出せる組み合わせが何通りも並んでいます(実際の動物喉頭の実験でも、同じピッチと音量を複数の筋肉バランスで実現できることが示されています。Chhetri & Park 2016)。
ここで一番のポイントは、等高線が真横のまっすぐな線ではなく、うねるようにカーブしていることです。たとえば `180 Hz` の線上にある 3 つの黒い丸(`TA = 0.1`・`0.3`・`0.5`)をたどると、TA を増やして声帯に厚みを持たせるにつれて、音程が上がりすぎないよう CT を `0.51 → 0.45 → 0.41` と少しずつ緩めてバランスを取っています。ところがさらに右側の `TA = 0.6` 以降へ進むと、今度は逆に CT を強め直していかないと `180 Hz` をキープできません。
つまり、「同じ音の高さのまま、地声と裏声を行き来したり強弱をつけたりする」というのは、片方の筋肉のスイッチを切る作業ではなく、TA の増減に合わせて CT や息の圧力をリアルタイムで引き算・足し算し直すチームプレーなのです。
しかも、実際の地声と裏声の境目(換声点)では、筋肉の張りをなめらかに変えていても、あるポイントを越えた瞬間に声帯の振動パターンが切り替わってピッチがピョンと跳ぶ性質(非線形なジャンプ現象)があることも知られています(Švec ら 1999)。冒頭の実験で、声区を切り替えた瞬間に音程がガクッと動きやすかったのには、こうした声帯ならではの物理的な理由もしっかりあるわけです。
練習のヒント:声色と音程を「切り離して」コントロールする
ここまでの仕組みがわかると、音程を安定させるための取り組み方もグッと具体的になります。大切なのは、地声を悪者にして封印することではなく、「声の強さや声質を変えても、音程が一緒につられて動かないバランス感覚」を少しずつ体に覚えさせていくことです。
1. 自分の音程が「いつ・どっちに」動くかを観察する
「自分は音程が不安定だ」と感じたときは、まず録音やアプリの画面を使って、どんな操作をした瞬間に、上と下のどちらへズレやすいかを切り分けてみましょう。
- 声を大きく・強くした瞬間に上ずる(シャープする)場合:筋肉のバランス以上に、肺からの息の圧力を勢いよく吹き込みすぎてピッチを押し上げている可能性が高いです。まずは一定の音量でまっすぐ伸ばす練習から整えてみましょう。
- 中高音で地声を保とうとすると音が届かずぶら下がる(フラットする)場合:CT で声帯を引き伸ばしたい音域で、低音の延長のまま TA(地声の力み)を強く抱え込みすぎているサインかもしれません。少し声の重さを軽くして、口や喉の力みを抜いたほうがスッと狙った高さにはまりやすくなります。
- 地声・裏声それぞれ単独なら保てるのに、切り替えの瞬間だけズレる場合:耳の音感の問題ではなく、声帯の厚みが変わる瞬間の「CT・TA・息のバトンタッチ」が課題です。次の同音高切り替え練習が特に役立ちます。
2. 同じ音の高さで「軽い地声 ↔ 裏声」を行き来する
声色の変化と音程のコントロールを切り離すトレーニングとしておすすめなのが、冒頭の実験でも試した「同じ音高での地声・裏声の切り替え」を丁寧に行う練習です。
- 両方の声区でラクに出せる中音域の 1 音を選ぶ:まずは地声だけ・裏声だけで、それぞれ 3〜4 秒間まっすぐ気持ちよく伸ばせる高さを確かめます。
- 「軽い地声」と「芯を少し残した裏声」で距離を縮める:いきなり分厚い大声の地声から息たっぷりの裏声へ切り替えようとすると、筋肉と息の落差が大きすぎてピッチが跳びやすくなります。まずは小さめ〜中くらいのやさしい音量にそろえ、2 つの声質の落差を少なくして「アー」や「ウー」でゆっくり行き来してみます。
- 「地声 → 裏声」と「裏声 → 地声」の両方向を比べる:裏声へ抜くときに音が落ちやすいのか、地声へ戻すときに下からしゃくり上がりやすいのかを観察し、ピッチの線がなるべく水平につながる力加減を耳と体で探っていきます。
Voick のようにリアルタイムで音程の線が見えるアプリを使うと、切り替えの瞬間にどれだけピッチが揺れたか、どれくらいの時間で元の高さに落ち着いたかが目で見えて調整しやすくなります(なお、地声と裏声で倍音のバランスが大きく変わると、アプリのピッチ検出が一瞬だけ 1 オクターブ上下に振れることがあるため、自分の耳で聞いた感覚や録音とも照らし合わせてみてください)。
3. リップロールやオクターブ移動で、力まず CT を動かす感覚をつかむ
「高い音になると、どうしても喉に力を入れて地声のまま引っ張り上げてしまう」という方は、一度歌詞や強い声から離れて、余計な力みを抜いた状態で音域を広く行き来する練習を取り入れてみましょう。
唇をブルブル震わせる「リップロール」や鼻歌の「ハミング」のように出口を狭めた発声(SOVT)を使うと、声道の空気が声帯の振動を助けてくれるため、TA に過剰な力を込めなくてもラクに声帯が鳴ってくれます。その状態で 5 度や 1 オクターブの音階をなめらかに往復すると、喉を固めずに CT でスッと音程を引き上げる感覚がつかみやすくなります。
完全5度リップロール下降ハミングオクターブストレッチ本記事のポイント
- 音程と声色に関わる代表的な筋肉には、声帯を前後に引き伸ばして張りを高める CT(輪状甲状筋) と、声帯の内側で厚みとハリを作る TA(甲状披裂筋) がある
- TA が収縮すると「内側の筋肉が硬くなる(音程を上げる働き)」と「声帯が縮んで表面の粘膜がゆるむ(音程を下げる働き)」が同時に起きるため、低い音域では音程を上げやすく、CT が効いた高い音域では逆に音程を下げやすいという二面性を持つ
- 「地声=TA だけ、裏声=CT だけ」と完全に分業しているわけではなく、同じ音の高さを保ちながら声色や音量を変えるときには、CT と TA、そして息の圧力を連動させてバランスを取り直す協調が働いている
- 音程を安定させるには、地声を無理に封印するのではなく、「強弱や声区の切り替えと一緒に音程がどっちへ動くか」を観察し、同じ音程を保ったまま軽い地声と裏声を行き来する練習やリップロールなどでバランス感覚を養うのが効果的
シミュレーションについて
本記事で使用したグラフの計算は、Voick Voice Simulator の三質量 body-cover 声帯モデル(Story & Titze 1995; Titze & Story 2002; Lowell & Story 2006 を参考にした実装)を用いて行いました。
上の図は、`CT = 0.7` に固定した条件で横軸の `TA` 入力を増やしたときに、モデル内部で設定される声帯の長さ(左)・筋の能動応力(中央)・カバー層の応力(右)がどう変化するかを示したものです。TA の増加に伴って筋自体の応力が増える一方、声帯の短縮によってカバー層の張りが大きく低下する関係が組み込まれており、これが振動計算での F0 の変化につながっています。
- 声帯モデルと気流設定:片側の声帯をボディ 1 つ・上下カバー 2 つの計 3 つの質量とばねで表す三質量モデルを使用しました。筋活動パラメータ(`CT`・`TA` は 0〜1 の無次元入力、内転入力 `a_LC = 0.5`)から成人男性を想定した形状・材料特性を算出し、声門下圧 784 Pa、声道や声門下管との音響結合なし(声帯単体)の条件で各点を静止状態から独立に 0.8 秒間計算し、後半 0.4 秒の定常振動から F0 を求めています。
- 声門形状の仮定と感度確認:本文のグラフでは、TA による長さと応力の変化を広い範囲で比較するため、静止時の声門上下端の隙間差(収束)を 5 µm に固定しています(CT・TA の 11×11 格子点のうち 119 点で振動の持続性・定常性の基準を通過)。一方、この隙間差を TA 入力に応じて変える既存の規則に切り替えると、同じ圧・声道なしの条件では基準を通過する点が 121 点中 18 点に限られ、F0 の値も変化します。
- 結果の読み方:モデルには声道共鳴との相互作用、耳からの聴覚フィードバック、運動学習などは含まれておらず、`0〜1` の入力値も人の筋力や筋電図のパーセンテージにそのまま換算できるものではありません。したがって本記事のグラフは個人の歌唱精度や特定の練習効果を直接証明するものではなく、「発声条件によって TA の音高への作用方向が変わり得ること」「同じ F0 に複数の筋入力の組み合わせが対応すること」という物理的な傾向を確認するために用いています。
声帯・声道モデルの全体構成や先行研究との照合結果については、次の方法記事にまとめています(なお、本記事は声帯単体の挙動を見るために声道結合を外して計算しており、v1.0 の他記事とは計算条件が異なります)。
Voick Voice Simulator v1.0:構成・検証・適用範囲声帯・声道モデルの構造と検証、および適用範囲を解説しています。参考文献
- Titze IR, Luschei ES, Hirano M (1989). Role of the thyroarytenoid muscle in regulation of fundamental frequency. *Journal of Voice*, 3(3), 213–224.
- Story BH, Titze IR (1995). Voice simulation with a body-cover model of the vocal folds. *J Acoust Soc Am*, 97(2), 1249–1260.
- Švec JG, Schutte HK, Miller DG (1999). On pitch jumps between chest and falsetto registers in voice: Data from living and excised human larynges. *J Acoust Soc Am*, 106(3), 1523–1531.
- Titze IR, Story BH (2002). Rules for controlling low-dimensional vocal fold models with muscle activation. *J Acoust Soc Am*, 112(3), 1064–1076.
- Lowell SY, Story BH (2006). Simulated effects of cricothyroid and thyroarytenoid muscle activation on adult-male vocal fold vibration. *J Acoust Soc Am*, 120(1), 386–397.
- Liu H, Behroozmand R, Bove M, Larson CR (2011). Laryngeal electromyographic responses to perturbations in voice pitch auditory feedback. *J Acoust Soc Am*, 129(6), 3946–3954.
- Kochis-Jennings KA, Finnegan EM, Hoffman HT, Jaiswal S (2012). Laryngeal muscle activity and vocal fold adduction during chest, chestmix, headmix, and head registers in females. *Journal of Voice*, 26(2), 182–193.
- Chhetri DK, Neubauer J, Sofer E, Berry DA (2014). Influence and interactions of laryngeal adductors and cricothyroid muscles on fundamental frequency and glottal posture control. *J Acoust Soc Am*, 135(4), 2052–2064.
- Kochis-Jennings KA, Finnegan EM, Hoffman HT, Jaiswal S, Hull D (2014). Cricothyroid muscle and thyroarytenoid muscle dominance in vocal register control: preliminary results. *Journal of Voice*, 28(5), 652.e21–652.e29.
- Chhetri DK, Park SJ (2016). Interactions of subglottal pressure and neuromuscular activation on fundamental frequency and intensity. *Laryngoscope*, 126(5), 1123–1130.
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